TEAMラゲシマの小説【世界が私を回している】第一話~第三話

小説/ショートショート

第一話

朝、6時。目覚ましで目が覚める。

もう6年以上も縁(ゆかり)や夫が起きないように、バイブレーションで起きるようにしている。

目ヤニが眼球にこすれる痛みよりも先に、台所に向かう意識が生まれる。

暖かい布団から体を出し始め、足を出したところで、寒さにより目が覚めた。

 

外はまだ暗い。6畳の寝室のカーテンの隙間からわずかに見ることができた。

カラスたちが群れをなして叫んでいる。あのカラスたちはいったい何時に起きているのだろうか。

 

トイレに行き顔を洗ってから台所に行き、ライトをつける。

紐をひぱった数秒後に、何度か点滅を繰り返したあとの蛍光灯がまぶしく狭い台所を照らす。

 

まずは炊飯器の中をチェックする。お米の炊き加減は悪くない。

そういえばもうすぐお米を切らしてしまうのをおもいだした。

冷蔵庫の中から高菜ご飯の素とサケのほぐし身を取り出して、それぞれ2個ずつ、計4つのおにぎりを作った。

 

ゆかりの分のおにぎりは、少し小さい。

太るのが嫌らしい。

たしかに18歳はそういうのを気にする年齢だと思うが、娘のお腹はそこまで気にする必要はないと思う。

太りたくないのに豆乳は毎日欠かさず飲んでいるのだから、おかしなものだ。

自分が18歳の時は、とにかく受験勉強が忙しくてそんなことを考える暇はなかった。

 

今思えば、娘のようなことをしておけばよかったと後悔している。

しかし、自分の肉体的な容姿を気にし始めている娘というのは、母親としてどう接したらいいのかわからなかった。

しかも私とは似ず、美人だ。

 

素早くほうれん草の炒め物、卵焼き、冷凍のコロッケ、冷凍のグラタン、冷凍のから揚げ、そしてミニトマトを弁当箱に詰めていく。

台所の光が徐々に周りと調和していくことに気付き、娘と夫を起こしにいった。

夫は比較的素早く起きるが、娘はいつも通り意味不明な言葉を発しながら布団を蹴飛ばしている。

このタイミングで起こさないと後々文句を言ってくるので、少し乱暴に体をゆするが、このことは娘からも承諾済みだ。

 

トーストにピーナッツバターを塗り急いで食べると、二人は身支度を始めた。

「お母さん。私のヘアゴム知らない?」

「あんたの部屋の机にあったわよ。」

 

この日初めて喋ったので、少し変な声が出た。

娘の部屋は、もともとは娘だけの部屋ではなかった。

狭いアパート暮らしでは、子供の部屋を確保することも難しい。

3年前までは息子と、つまり娘の兄と共同で部屋を使っていたのだ。

しかし、息子が大学に進学し家を出たため、今では娘だけの部屋になっている。

一応息子の物は全部残しているが、今では息子の机は娘の物置だ。

 

美術部を引退した際の後輩からの寄せ書き、高校のプリントの束、静物画の油絵などが雑においてある。

娘が美術部に入るのは意外だったが、寄せ書きを見るにそこそこ積極的に活動もしていたようだ。

娘は部屋が広くなって嬉しいといってはいたが、内心寂しがっていた。

 

7時半ごろには娘と夫は家を出る。

そして私は午後のパートまでの時間を、ゆっくり過ごすことができる。

朝の情報番組を見ながらトーストと牛乳を用意する。牛乳の消費期限は見なかったことにした。

 

10時頃、幼馴染で唯一今でも連絡を取りあっている友達からLINEが来た。

 

『そういえば今、どこで働いてるんだっけ?』

『駅前のビジネスホテルで清掃のバイトしてるよ』

『実は今、私が働いてるところでパートを募集してるの。今ならかなりの確率で採用してくれると思うよ。時給もいいし応募してみたら?』

友人は以前、今の仕事先に不満があると言ったことを覚えててくれていた。少しうれしかった。

清掃のバイトは、比較的気が楽で職場環境も悪くなかった。しかし、時給が低く、あまり生活の足しにはならなかった。

稼いだとしても、定期代とわずかな食事代程度だ。

しかし働かないよりはましなので、働いていただけだった。

 

詳しく話を聞いてみると、最近新しくできたベンチャー企業で、お菓子や菓子パンなど様々な食品を売っているそうだ。

しかも、忙しい時期にパートの人が急にやめたとかで採用はほぼ確実らしい。

『もうすぐでクリスマスでしょ?だからパートが一人減っちゃただけでもかなりダメージ多いらしいの。』

『もうクリスマスの準備してるんだ。早いんだね。』

『社長がせっかちなのかもね笑。』

 

少しの迷いはあったが、応募してみることにした。

 

私が働いているのは、夫の給料が低いからである。

しかし、そんなことを言える立場ではないので働くのだ。

言えないから、行動で伝えている。

別に私が働いたからといって夫の給料が上がるわけではない。

働く別の理由が欲しかっただけかもしれない。

 

働けど。働けど。

いつまでこの生活が続くのだろうか。

死ぬまでだろうか。

 

第二話

「ゆかりちゃーん!!」

 

改札口に定期券をかざそうとしたとき、後ろからエネルギーに満ちた声が聞こえた。

私はいつものように何も考えずに心の中の不安を消した。いや、以前は何か考えていたのかもしれないが、もう忘れてしまった。

 

「みどり、今日もギリギリじゃん。」

「えへへ。寝癖がなかなか治らなくって。スプレーかけたら治ったけど。」

「えっ。スプレーって校則違反じゃない?」

「え?別に良くない?」

 

私たちは入学した当初は、そこまで仲は良くなかった。

二年の文化祭の時に美術部で描いた油絵を展示したら、やけに感動してくれて、みどりはそこから話しかけてきた。

みどりはどちらかといえばクラスでは中心的な存在だ。誰とでも気さくに話すことができ、男子からも人気がある。

だが、私と話した回数は多くない。

というのも、私はみどりとは違いそこまでクラスのみんなと活発的には関わらない。

友達と呼べる人を数人作って、クラスで孤立さえ免れればそれでいいのだ。

人気者になんかなりたくない。

 

みどりと話すようになってからしばらくたった時、こんなことを言われた。

「ゆかりちゃんって結構面白い人なんだね!顔がちょっと怖かったから最初ヤンキーかと思った!」

「え?ヤンキー?」

「あ、いや顔がモデルさんみたいにきりっとしてるから!」

じゃあみどりにはモデルが全員ヤンキーに見えるのか。と聞こうとしたが、私はハハハと笑うだけにした。

 

学校につくと昇降口にいる先生から大きな声で「おはようございます!」といわれた。毎日言っていてよく飽きないなと毎日思っている。

 

私たちは昇降口を過ぎると右の通路へ、その時たまたま一緒に入ってきた男子たちは、左の通路に行った。一人は高そうな腕時計をしていた。

それから先は、先生たちのよくわからない授業を聞き、将来の不安を考えていたら一日が終わる。

下校時間だ。

 

「ゆかりちゃん!帰りにスタバ寄ってこよ!なんか新作出たらしいよ。」

「あぁ、ごめん今日は美術室に用があるから、ごめん。あおいといってこれば?」

「え~あおい特進だからまだ授業あるよ~。てかまだ部活やってるの?」

「いやもう引退したんだけど、私元部長だったから今でもいろいろやってるんだよね。」

「すっごいマジメだよね。」

「ハハハ」

 

美術室に行くとすでに何人かの後輩が絵を描いていた。

いつものようにデッサンや油絵の具の塗り方を教えながら、顧問の先生のつまらない話に適当に相槌を打つ。

そんなことをしていると、もう外は真っ暗だ。下校時間まであと1時間。部活はいつもこの時間には終わる。

「じゃあゆかりさん。戸締りよろしくね。」

「はい。」

「悪いわねいつも頼んじゃって。」

「いえ。大丈夫です。ちょっと残って絵を描いたら鍵を持っていきますから。」

「あら~熱心ね。でもそんなに絵を描いてて勉強のほうは大丈夫?」

「ハハハ」

 

後輩と顧問が先に帰り、美術室は私一人になった。

校庭からは野球部が、部活終わりのあいさつをしている声が聞こえる。

次にドアがガチャっと叩く音が聞こえた。

ドアが開くと、朝、左の通路に行った男子がいた。高そうな腕時計を付けている。

 

「まってたよ。」

 

 

 

ドアを勢いよく開ける。

靴を急いで脱ぐ。脱ぐときに両手が視界に入り、さっきのことを思い出す。

 

「おかえりゆかり。ってどうしたの?」

 

私は急いで石鹸で手を洗った。汚れや菌だけではなく、臭いや記憶も洗い流したかった。

 

「水道代もったいないからもうちょっとゆっくり流しなさい。」

そういわれて私は急激に怒りを覚えたが、歯を食いしばって自分の部屋に入った。

手のひらがとてもかゆい。手の皮膚を全てはぎとりたい。

 

兄の机を見て自分の無力さを実感した。

 

見られた。

 

先生に。

 

第三話

肌寒くなってきた季節だったが、喫茶店の中は程よい暖房が利いていて心地が良かった。

久しぶりに自分の心を開いて話ができる相手と会話できることにうれしさを感じるはずだが、少し緊張も混ざっている。

 

今日私は、幼馴染の利乃(りの)とバイトの話でコメダ珈琲店に待ち合わせをしている。

少し遅れると連絡が来たので、先に一人でコーヒーを飲んで待っていた。

しばらくすると、扉の開く音とドアベルが鳴る音とともに、利乃がやって生きた。

その姿は同い年ながら、同い年には思えなかった。

 

「あ。ごめんごめん。まった?」

「いや、別に全然待ってないよ。私が早く来ちゃっただけだから気にしないで。」

「私もなんか頼もうかな。すいませ~ん。バナナジュース一つください。」

 

しばらくは最近の話をした。

 

家族のことや職場先の話。最近ハマっている俳優など、他愛もない話だ。

コーヒーやバナナジュースを半分ほど飲み終わったころ、ようやく本題について話す。

 

「それで、私の今働いてるところで、バイトしてみるんだよね?」

「うん。そのつもり。でもちょっと心配だから、いろいろ職場先のこととか教えてくれない?」

「おっけー。あのね、そこは最近できたベンチャー企業で、洋菓子とかケーキを売ってる会社なの。で、駅の中や商店街に一時的に小さい店を開いて売ってるんだけど、そこでの接客が主な仕事かな。」

「え、接客業なの?私接客なんかしたことないから無理だよ。」

「やったことないんだったら、できないってわかんないでしょ。大丈夫だって、社長に言って私と同じところで働けるように頼んどくから。」

「そんなに社長と仲いいの?」

「ん~、ていうか最近できた小さな会社だから、従業員とかも少ないんだよね。だから、社長も店頭に立って接客してるのよ。それで仲良くなったって感じかな。」

「社長が接客ってすごいね。」

「若いのにかなり仕事ができる人だよ。バイトとかにも優しいし、要望も大体聞いてくれる。あんな人がまさに理想の上司って感じかな。」

「利乃は働いて長いの?」

「一年。会社ができたのが2年前らしいんだけど、2年にしてはかなり儲かってるらしいよ。時給もいいし一緒に働こうよ。」

 

私は、話を聞いているうちに不安がどんどん少なくなっていった。

社長が人格者で、利乃と一緒の店舗で接客できるというのなら、私にもできるかもしれない。

会社の電話番号を教えてもらったのち、時間を合わせて面接の予定を組んでもらった。

 

面接ではいきなり社長との個人面接だった。少し緊張していたが、利乃が言った通り、物腰が低く誰からも尊敬されていると一瞬でわかった。

一週間後、メールで採用通知が送られてきた。利乃がほぼ受かるといっていたが、やはりメールが来たときは嬉しかった。

すでに前のバイトをやめていた私は、新しい世界に飛び込むのが少し楽しみになっていた。

 

仕事が始まる前に、一応YouTubeで接客業のコツをまとめた動画を見た。

1時間ほどの動画だったが、要するに大事なのは笑顔とはきはきと喋ることだそうだ。

頑張らなくては。

 

12月初め

私は初めての接客業をすることになった。

場所は商店街の中。潰れた杖の店の前の、3坪ほどのスペース。

午後3時から8時までの間、すなわち帰宅する人が多く商店街を通る時間に、仕事が始まる。

店舗の設営や、接客の仕方を習うために、13時にはついていた。

必要なことを最低限教えてもらうと、すでに開店時間になった。

 

保冷機能を持ち合わせたショーケースに、チーズケーキ、ショートケーキ、チョコケーキ、クリームパン、メロンパン、エクレア、シュークリームがずらっと並んでいる。

ショーケースのこちら側には、私と利乃、そして社長がいる。

「今日は利乃さんと瑠璃(るり)さんと僕で接客ですね。瑠璃さんは初めての接客業だと伺ったので、今日はサポートに徹するって感じです。何かわからないことがあったら、何でも聞いてください。5秒考えてもわからなかったら僕に聞いてください。何回でもどんなことでも聞いていいですからね。」

とりあえず、利乃や社長の真似をして、いらっしゃいませ~と言ってみる。少し恥ずかしかったが、若干の興奮を覚えた。

まさか私がこんなセリフを言うなんて。

 

しばらくすると、50代くらいの男性がやってきた。

「いらっしゃいませ、こんばんわ!」

「こんばんわ~。チョコケーキとショートケーキを2つずつください。」

「はい。全部で1200円でございます!」

会計を先に済ませている間に、社長がケーキを手際よく箱に詰めていく。

「はい。ありがとね。ここのケーキおいしいよ。」

「あ~ありがとうございます!いつも!またのお越しをお待ちしております。」

私はこの時点で思った。この会社はかなり接客が特殊だ。

まず、お客さん相手に『こんばんわ』なんていう店員は見たことがなかったし、私も言われたとこが無かった。

 

後で社長に聞いたところ、この雰囲気がファンを作るのだそう。

私にもできるのか不安が大きくなってきた。

しかし、始めたものはしょうがない。

心の中で小さな火が付いた。

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